時代とともに変化していく教育史について

教育のあり方は、ご存知のように常に一貫してあるわけではありません。
時に政治的、時代的にこれまでの方針が否定されてしまうこともあります。
日本では古来から教育の一環として儒学が重んじられてきました。
儒学とは、孔子の教えである儒教であり、家族を敬うべきだというものが一般的でしょう。

もともとは中国ではじまった思想ですが、この中国自身も古くは秦の皇帝、中国共産党、それに仏教によって幾度と無く弾圧され、否定されてきた経緯を持っています。

日本でも太平洋戦争での敗戦を機に、アメリカから新しい文化や思想がなだれ込んで、儒教を排除する動きがありました。
こうして古くから日本で続いた儒学という教育史は衰えを見せたのでした。

この様に教育史というものは、歴史として語られる時点で可変性をもつといえるでしょう。
もしも不変であれば、歴史性は持ち得ないはずです。
今日の日本での教育も同様で、その最たるものが詰め込み型とゆとり型とのせめぎ合いでしょう。

どちらの教育が優れているかということはここでは触れませんが、詰め込み型が問題視され、ゆとり教育になり、さらにそれが危惧されてまた詰め込み型が見直されるという変遷が、つまり日本の現代教育史といえます。

教育は時代によって変化するものです。
変化するときは概してその国の存亡が大きく問われたときです。
大切なのは、現在の教育が今も未来も絶え間なく正しいとは限らないというのを認識することです。

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カテゴリー:教育

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