高等教育計画について説明します

日本では、戦後の第一次ベビーブームや経済の高度成長などに伴い高等学校の進学率が上昇し、大学などで学ぶ人が増えると同時に、高等教育の拡張へと繋がりました。
しかし、その急激な規模の拡大により、大学における教育研究条件の低下はもとより、大学が大都市に集中したことで進学機会の地域間格差が起こるなど、様々な問題点が認められました。

実は、このようなことは関係者間では早くから危惧されており、高等教育機関における全体的な規模、及び配置の計画的整備を必要とする認識を持たれていました。

そして、高等教育機関の設置経営に国費の援助を要するにあたり、国の財源による援助効果を可能な限り発揮するため、高等教育に関する計画の必要性を強く求めることとなりました。

その計画すべき内容には、高等教育の全体規模をはじめ、教育機関の目的及び性別による区別、専門分野別に見た収容力の割合、地域配置などがあり、それらについて長期的な計画で見通しを立てて整備充実を図るよう要請しています。

そういったことから文部省では、昭和47年4月に大学学術局において高等教育計画課を設置し、大学人や各界の有識者による高等教育懇談会を設け、教育計画の検討を始めます。

そして、高等教育懇談会において、昭和51年度から55年度までの5年間計画がまとめられ、その後は、大学設置審議会大学設置計画分科会によって、56年度から61年度までの6年間、61年度から平成4年度までの7年間、5年度から12年度までの8年間とそれぞれ教育計画がまとめられており、最新版では、地域文化や産業の発展にも貢献するよう中枢的都市やその周辺地域での大学の整備も重視するものとなっています。

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カテゴリー:教育

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